米国橋梁モニタリング実態調査報告
米国では、1967年のシルバー橋崩落死傷事故を契機に、1971年に全国橋梁点検基準(NBIS: National Bridge Inspection Standard)が整備され、以後、道路橋点検の信頼性確保のために様々な取り組みが行われてきている。日本より先行していろいろな活動が行われている米国橋梁モニタリングの現状を把握するため、2015年10月31日(土)~ 11月8日(日)に下山リーダを団長とする10名の調査団(五十音順:荒川雅夫、伊藤寿浩、今仲行一、大城壮司、小坂崇、塩谷智基、下山勲、武田宗久、松本潔、渡部一雄)を組んで、米国橋梁モニタリングの実態調査を行った。
今回調査したのは、NEXCO西日本の米国拠点であるNEXCO-West USA, Inc.(以下NEXCO-USAと略す)、構造物非破壊検査サービス事業者であるMISTRAS Group、カリフォルニア州運輸省CALTRANS、米国の橋梁検査コンサルタントのAlta Vista Solutions及び実際にモニタリングが実施されているBenjamin Franklin橋(ペンシルバニア州フィラデルフィア)とVincent Thomas橋(カリフォルニア州ロサンゼルス)であった。以下に各調査先での調査結果の概要を報告する。
(1)NEXCO-USA
NEXCO-USAは2011年1月にワシントンDCに拠点を構える米国現地法人として設立され、以後、4年間にわたって米国において州政府等が発注する道路橋点検業務を受注するため、営業活動を行っている。今回、米国の道路橋点検及び維持管理と非破壊検査の現状について調査を依頼し、その結果について説明を受けた。その結果、米国では橋梁崩壊事故を契機に法整備を繰り返し、遠望目視、破壊危険部材点検や水面下点検等も組み合わせたメリハリのある点検作業を義務付けするとともに、LTBP Program(長期橋梁性能プログラム)やSHRP2(第2次戦略的ハイウエイ研究プログラム)等を走らせて、現状の課題である客観的、定量的な評価の実現を目指していることが明らかになった。NEXCO-USA訪問の様子を写真1に示す。
(2)MISTRAS Group
MISTRAS Groupは1978年創設のAE(Acoustic Emission)のトップメーカーであるPhysical Acoustic Corporation (PAC)が2003年に各種プラントにおける構造物の検査・総合診断を実施するCONAM Inspection & Engineeringを吸収合併し、さらに2005年にPACを主体としてニュージャージー州プリンストンに設立した会社である。従業員は4000人、年間売上高は$529.3 Millionで全世界90箇所以上に支店を有するセンサ、点検・診断の世界トップメーカーである。今回現地調査を行ったBenjamin Franklin橋等多数のモニタリングを実施している。
今回の訪問では、MISTRAS Groupの副社長でPAC社の社長でもあるMark Carlos社長を含む9人でご対応頂き、製造・検査ライン、モニター室の見学ならびにAE(Acoustic Emission)センサと無線モジュール、バッテリーを内蔵したセンサ端末 Wireless AEのデモを見学した、このセンサ端末のコンセプトはRIMSの小型センサ端末と類似しているが、本体サイズは、RIMSの100x70x50mmに対しておよそ250x150x80mm程度と大きく、自立発電も内蔵していない。AEセンサは4ch接続可能である。消費電力は200mW~300mW程度で、本体サイズの約半分の体積を占める内蔵バッテリーで約1週間の動作が可能とのことであった。信号処理能力は、1ch当たり最大80hits/sec(波形非保存時)である。デモでは、鋼製の壁に1列に並べた4つのセンサを用いたシャープペンシル圧折による疑似AE波の計測試験を行なった。検出したAE信号をリアルタイムに集約装置のPCで捕捉し、AE発生源の1次元位置標定結果をPC上に即時に表示可能であった。無線通信は900MHz帯を使用し、伝送距離は、環境により大きく変動するとのことであったが、500feets(約150m)の伝送を確認したこともあると言っていた。デモに用いたセンサ4ch接続モデルの他、1chのみ接続可能なモデルもある。1chモデルの消費電力は50~100mW程度であった。
一方、多チャンネルの同時処理が可能なセンサ端末 Sensor Highway IIIの静態展示の説明も受けた。最大32chを接続可能な小型端末で、消費電力は本体12W、センサ1ch当たり0.25W。通信手段は、Ethernet, Cellular(携帯電話網), 無線(900MHz帯、2.4GHz帯等)が選択可能で、データを外部送信する。通信手段としてはCellularが一番良いと考えていると説明していた。また、従来モデルは、空冷ファン、ヒータなどを搭載していたが、本モデルはファンレスで、動作温度範囲は-40℃~60℃。AE以外の端末では、鋼製パイプなどに適用するマグネット搭載プローブを接続可能な超音波探傷試験機の紹介があった。パイプだけでなく鋼桁などの検査も可能で、無線端末もあるとのことであった。MISTRAS Groupではセンサのワイヤレス化を積極的に進めているが、現場ではコストと信頼性の問題が導入の阻害要因となっており、また、電源のない場所では太陽電池を使用するが、バンダリズム(盗難、破壊行為、悪意ないたずらなど)に対する対策が必要であるとの見解であった。MISTRAS Group本社での様子を写真2に示す。
写真2 MISTRAS Group本社での様子
(3)Benjamin Franklin橋
Benjamin Franklin橋は、デラウェア川を渡る吊り橋であり、ペンシルバニア州フィラデルフィアとニュージャージー州カムデンをインターステート676号線及びU.S. Route 30号線で結ぶ吊り橋である。デラウェア川港湾局(Delaware River Port Authority)により管理されており、同橋とBetsy Ross橋、Walt Whitman橋、Tacony-Palmyra 橋の4橋は、ペンシルバニア州とニュージャージー州南部を結ぶ主要な道路橋である。延長は2,917.86 m、幅員は39.01mであり、1926年7月1日に開通した当初は、主径間の533mは世界最長であった。日交通量は約10万台である。Benjamin Franklin橋の概要を表1に示す。Benjamin Franklin橋ではMISTRAS Groupが、主ケーブルの鋼線ワイヤーの損傷検知を目的に有線のAEセンサを取り付けて9年間モニタリングを実施し、損傷を検知するとデラウェア川港湾局に通知している。センサは毎年点検を行い、2,3年毎に全体の30%ずつセンサ機器の取替えを行ってきたとのことであった。センサ自体が故障することは稀であるが、取り付けケーブルとの接続部が凍結などの影響で破損するため、この部分の取替えが必要にあるとのことで、我々が狙っている無線化が有効であることがわかった。現場調査の様子を写真3に示す。
表1 Benjamin Franklin橋の概要
写真3 Benjamin Franklin橋の現場調査の様子
(4)CALTRANS
CALTRANSはカリフォルニア州運輸省であり、カリフォルニア州の50,000マイル以上の高速道路、鉄道、空港、ヘリポートを管理している。カリフォルニア州では地震が多いことから主要な橋は振動に関するモニタリングを実施しており,橋梁本体だけでなく地層の振動特性を把握するために地下180m付近にも地震計を設置している。今回は後述するロサンジェルスのVincent Thomas橋を管理している管理事務所を訪問し、RuddyチーフからVincent Thomas橋の概要説明を受けた後、検査路、主ケーブルと地下地震計設置場所の調査を行った。CATRLANS管理事務所での様子を写真4に示す。
写真4 CALTRANS管理事務所での様子
(5)Vincent Thomas橋
Vincent Thomas 橋は、カリフォルニア州San Pedroにある4車線のつり橋である。Los Angeles港の主要道路、シーサイド・フリーウエイ、州道47号線をつないでいる。この橋梁は、1960年にカリフォルニア州運輸省(CALTRANS)により設計され、1963年に開通した。現在、全米で19番目に、カリフォルニア州で3番目に長いつり橋である。この橋梁は、2本の120mの主塔により支持され、全体を鋼製杭基礎で支持されている世界で唯一のつり橋である。全長1850m、主径間457m、二つのつり側径間が154m、両端に545mの10径間のアプローチ部、4車線分の16m幅の床版がある。Vincent Thomas橋の全景及び概要を写真5と表2に示す。
写真5 Vincent Thomas 橋の全景
表2 Vincent Thomas 橋の概要
Vincent Thomas 橋が位置するアメリカ西海岸地域は、地震が多発する地域であり、1987年にWhittier地震、1994年にNorthridge地震が発生している。交通荷重による疲労と、地震やテロに対する危機管理等の目的で、損傷検知の構造健全度モニタリングが必要とされた。南カリフォルニア大学(USC: University of Southern California)及びカリフォルニア大学アーバイン校(UCI: University of California Irvine)により振動計測が実施された。Vincent Thomas 橋に設置されている加速度計の位置を図1に示す。上部構造物に16個、フーチング(基礎における、地面の中に埋め込まれたその底辺の部分の事)部に10個の加速度計が取り付けられている。
図1 Vincent Thomas橋におけるモニタリング状況
また、Vincent Thomas橋の検査路及び主ケーブルからの調査の様子を写真6と写真7に示す。
写真6 Vincent Thomas橋検査路からの調査の様子
写真7 Vincent Thomas橋主ケーブルからの調査の様子
(4)Alta Vista Solutions
Alta Vista Solutions はDr. Mazen Wahbeh(元南カリフォルニア大学教授、現客員教授)がCEOで、2003年設立のインフラのコンサルタント会社である。 Dr. Mazen Wahbehは南カリフォルニア大学の教授時代にVincent Thomas橋のモニタリングに深く関わり、現在も民間のコンサルタントの立場でカリフォルニア州の橋梁モニタリングに携わっている。
下山リーダからのRIMSの概要紹介の後、Dr. Mazen Wahbeh よりVincent Thomas橋及びSan Francisco-Oakland Bay橋における構造健全度モニタリングに関するプレゼンテーションを頂き、意見交換を行った。米国では橋梁のモニタリングに関しては、「交通荷重による疲労と地震やテロによる危機管理」や「風の影響の定量的把握」等それぞれの橋特有の問題把握のため長大橋を中心に実施されていることが分かった。また、自立電源化に関しては、現状の消費電力に見合った自立電源がないことから導入に積極的でなく、特に、長大橋では有線電源が整備されているため、電源は問題視していないことが分かった。モニタリングでは長期計測をし、環境ノイズを除いて、橋の構造同定を行うことが大事であり、実際有線センサでは20年以上の長期モニタリングが実現できているとのことであった。また、Vincent Thomas橋での貨物船衝突事例の紹介からモニタリングしていれば、目的以外の事故等の突発事象に対しても有効に機能していることも分かった。Alta Vista Solutionsでの打合せの様子を写真8に示す。
写真8 Alta Vista Solutionsでの打合せの様子
今回の調査で、米国の橋梁モニタリングの実態を把握することができた。また、下山リーダからRIMSの紹介をして頂き、RIMSの活動を関係者に理解頂いて広報が図れた。我々の開発している技術にも興味を持って頂き、今後米国での実証実験、その後の米国でのビジネスでの協業を視野にいれて、今回の訪問先とは引き続き連携を取っていきたい。
(NMEMS米国橋梁モニタリング実態調査団:荒川雅夫、伊藤寿浩、今仲行一、大城壮司、小坂崇、塩谷智基、下山勲、武田宗久、松本潔、渡部一雄)
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